リバティ(LIBERTY)とは|150年の歴史と歴代デザイナー、代表的なリバティプリント

リバティ(LIBERTY)とは|150年の歴史と歴代デザイナー、代表的なリバティプリント

小花柄のブラウスや子ども服、ハンドメイドの布小物などで目にする「リバティプリント」。その名前のもとになっているのが、イギリス・ロンドンの老舗百貨店でありテキスタイルブランドでもある「リバティ(LIBERTY)」です。2025年に創業150周年を迎えました。

この記事では、リバティの成り立ちから現在までの歴史、プリントを手がけてきた歴代のデザイナー、代表的な柄、日本法人リバティジャパンについてまとめました。

対象読者:リバティプリントが好きな方、生地選びや洋裁のためにブランドの背景を知りたい方。

リバティの基本情報

項目 内容
創業 1875年
創業者 アーサー・ラセンビィ・リバティ(Arthur Lasenby Liberty)
本店 ロンドン、リージェント・ストリート近くのチューダー様式の建物
主な事業 百貨店の運営、生地(リバティ・ファブリックス)、スカーフ、バッグ、雑貨など
代表的な生地 タナローン(Tana Lawn)コットン
日本法人 株式会社リバティジャパン(1988年設立、英国LIBERTY Ltd.の100%子会社)

「リバティ」と言うと、ロンドンの百貨店を指す場合と、そこから生まれたプリント生地ブランドを指す場合があります。この記事では両方を含めて「リバティ」と呼びます。

1. 創業者アーサー・ラセンビィ・リバティ

アーサー・ラセンビィ・リバティの肖像画(アーサー・ハッカー画、1913年)

アーサー・ラセンビィ・リバティの肖像(アーサー・ハッカー画、1913年)。画像:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

東洋の品々との出会い

アーサー・ラセンビィ・リバティは、1843年にイングランドのバッキンガムシャー州チェシャムで、服地商の息子として生まれました。19歳だった1862年、ロンドンのリージェント・ストリートにあった「ファーマー・アンド・ロジャーズ」の東洋品倉庫の責任者になります。ここは日本や東洋の品物を専門に扱う、イギリスで最初期の店でした。

当時のロンドンでは日本の美術工芸品が大きな関心を集めており、リバティはこの仕事を通じて、東洋の布や工芸品の魅力と商売としての可能性を知ります。

1875年、自分の店を開く

経営への参加を認められなかったリバティは独立を決め、のちの義父から2,000ポンドを借りて、1875年にリージェント・ストリート218aに自分の店を開きました。従業員はわずか3人で、日本をはじめ東洋の装飾品、布、美術品を販売する小さな店でした。

日本への旅

リバティは1888〜1889年にかけて日本を訪れ、日本の美術工芸とその作り方を学びました。この旅には画家のアルフレッド・イーストや、のちに美術雑誌『ザ・ステューディオ』を創刊するチャールズ・ホームが同行し、リバティの妻エマが撮影した写真は、のちに写真集『Japan: A Pictorial Record』にまとめられています。リバティと日本のつながりは、創業当初から続いているのです。

アーサー・リバティは1913年にナイトの称号を受け、1917年に亡くなりました。

2. 輸入品の店から「リバティ・スタイル」へ

芸術家たちに愛された店

店は、ラファエル前派の画家ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティやエドワード・バーン=ジョーンズ、ウィリアム・モリスら、当時の芸術家たちの注目を集めました。作家オスカー・ワイルドは1889年に「リバティは、芸術を愛する買い物客が選ぶ場所だ」と書いています。

1884年には建築家・デザイナーのエドワード・ウィリアム・ゴドウィンを迎えて衣装部門を開設し、体を締めつけるコルセット中心の服とは違う、ゆったりとした「芸術的なドレス」を提案しました。

輸入品からオリジナルのデザインへ

はじめは東洋からの輸入品が中心でしたが、リバティはやがてイギリスのデザイナーや染色工房と組んで、自社の「リバティ・アート・ファブリックス」を作るようになります。輸入した布の色合いを手本にイギリスで染めたり、新しい柄を描いてもらったりするうちに、1890年代には「リバティの布」は先進的なテキスタイルの代名詞になっていました。

1904年には、ロンドン南西部マートンのプリント工場(マートン・アビー)を買収し、自社で生地をプリントする体制を整えます。

1890年ごろのリバティのプリント生地。布の下端に「LIBERTY」の文字が入っている

1890年ごろのリバティのプリント生地(メトロポリタン美術館所蔵)。下端に「LIBERTY」の文字が見えます。画像:Wikimedia Commons(CC0)

「スティーレ・リベルティ」

リバティの生地や金工品は、曲線的で植物をモチーフにした新しい様式、アール・ヌーヴォーと深く結び付きました。その影響力は大きく、イタリアではアール・ヌーヴォーそのものが「スティーレ・リベルティ(Stile Liberty、リバティ様式)」と呼ばれるようになったほどです。

3. チューダー様式の本店

現在のロンドン本店は、1924年に完成したチューダー様式の建物です。

項目 内容
完成 1924年
設計 エドウィン・T・ホールとエドウィン・S・ホール(父子)
特徴 6階建て、3つの吹き抜けを囲む木造の内装
使われた木材 英国海軍の帆船HMSインプレグナブル号とHMSヒンダスタン号の船材、ニューフォレストのオーク材
文化財指定 1972年にグレードII*の指定建造物に

リバティ本店の吹き抜け。木造の回廊が各階を囲んでいる

本店の吹き抜けと木造の回廊。写真:Richard Cooke/Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)

建物の外にある、聖ジョージが竜を退治する仕掛け時計(1925年完成)も名物です。創業者アーサーは建物の完成を見ることなく亡くなりました。

建物は老朽化や経営の変化を経ながらも使われ続け、2006年にはリージェント・ストリート側の店舗を閉じて、このチューダー様式の建物に売り場をまとめました。

4. 歴代のデザイナーたち

リバティのプリントを語るうえで欠かせないのがデザイナーの存在です。ただし、リバティは長いあいだ、デザイナーの名前を公表せず、作品を「リバティのデザイン」として売っていました。そのため、作者がわからない柄や、イニシャルしか伝わっていない柄も少なくありません。ここでは、名前がわかっている主なデザイナーを時代順に紹介します。

19世紀末〜20世紀初頭:アール・ヌーヴォーの時代

デザイナー 活動時期 主な仕事
エドワード・ウィリアム・ゴドウィン 1880年代 衣装部門の立ち上げ。芸術的なドレスを提案
トーマス・ウォードル 1880年代〜 染色家。リバティが扱う絹などの染色・プリントを担った
アーサー・シルヴァー(シルヴァー・スタジオ) 1880〜1890年代 孔雀の羽の柄「ヘラ(Hera)」(1887年)をデザイン
リンジー・バターフィールド 1890年代〜 花柄を数多く手がけた人気デザイナー。「ハイドランジア」(1896年)など
ハリー・ナッパー 1900年前後 様式化した花や葉の柄。ケシの花の「キンバリー」(1902年)など
アーチボルド・ノックス 1890年代〜1900年代 ケルト文様を取り入れた銀器「キムリック」、ピューター製品「チュードリック」の中心デザイナー
ジェシー・M・キング 1900年代 装飾品やテキスタイルで「リバティらしさ」の形成に貢献

アーチボルド・ノックスはマン島出身のデザイナーで、リバティの絶頂期を支えた中心人物です。数百点におよぶデザインでリバティの金工品の評価を高めましたが、当時は彼の名前が表に出ることはありませんでした。

アーチボルド・ノックスがデザインしたピューターと銅の置時計。なめらかな曲線の本体に銅の文字盤がはめ込まれている

アーチボルド・ノックスがデザインし、リバティが製造したピューターと銅の置時計(1902年ごろ、シカゴ美術館所蔵)。画像:Art Institute of Chicago(CC0)

1930年代:タナローンと小花柄の時代

1930年代になると、現在の「リバティプリント」のイメージにつながる、小さな花柄が多く生まれました。

この時代を代表するのが、「DS」というイニシャルだけが伝わる謎のデザイナーです。定番中の定番である「ベッツィ(Betsy)」と「ウィルトシャー(Wiltshire)」は、どちらも1933年にこのDSがデザインしたものです。

1950年代:社内デザインスタジオの誕生

1950年代初頭、リバティは社内にデザインスタジオを設けました。また、モダンなテキスタイルで知られるルシエンヌ・デイや、トリニダード出身で鮮やかな色使いのアルシア・マクニッシュなど、外部の女性デザイナーの作品も取り入れ、戦後の新しいデザインを発信しました。

1960年代:バーナード・ネヴィルによる刷新

1961年にリバティに加わったバーナード・ネヴィル(1930〜2019)は、デザインコンサルタント、のちにデザインディレクターとして、伝統的なプリントを見直しました。アール・デコ風の柄やイスラム美術をモチーフにした柄を取り入れ、リバティのプリントをファッションの最前線に引き戻した人物です。1970年には、イヴ・サンローランがリバティの冬のコレクションから13柄を買い付けたと伝えられています。

アール・ヌーヴォーを代表する柄「イアンテ(Ianthe)」も、この時代に生まれ変わりました。もとは1902年ごろにフランスのR・ボークレールが壁紙の縁飾りとして描いたもので、1967年にハワード・スタジオがリバティ向けに描き直しています。

1970年代:コリアー・キャンベル

ネヴィルの後を継いだのが、スーザン・コリアーです。1968年からリバティの仕事を請け負い、同じ年から妹のサラ・キャンベルが手伝うようになりました。姉妹のデザインユニット「コリアー・キャンベル」は、1970年代のリバティのテキスタイルを代表する存在となり、絵画のような大胆な柄で人気を集めました。

1979年〜:「クラシック」コレクション

1979年ごろから、リバティは長く愛される柄を「クラシック」コレクションとしてまとめ、毎シーズン継続して販売するようになりました。ウィルトシャーは1979年から、ベッツィは1982年からこのコレクションに入っています。

同じ1979年には、アーツ・アンド・クラフツ運動の中心人物ウィリアム・モリスが1883年にデザインした「ストロベリー・シーフ(いちご泥棒)」も、リバティの生地として加わりました。

2000年代〜現在:コラボレーションとデザインスタジオ

近年のリバティは、デザインスタジオで毎シーズン新しい柄を発表しながら、ファッションブランドやアーティストとのコラボレーションにも力を入れています。

  • ファッション・アパレル:イヴ・サンローラン、ヴィヴィアン・ウエストウッド、マノロ・ブラニク、ロエベ、リチャード・クインなど
  • スポーツ・カジュアル:ナイキ、アディダス、ドクターマーチン、バブアー、ユニクロなど
  • キャラクター:ハローキティ、ピーナッツ、ピーターラビットなど
  • アーティスト:オランダのグラフィックデザイナー、カレル・マルテンスとのコレクションなど

社内のデザインスタジオでは、テキスタイルデザイナーとアーティストのチームが、2年先のシーズンに向けて手描きで柄を描き、それをくり返し模様の生地に仕上げています。ヘッド・オブ・デザインを務めるメアリー=アン・ダンクリーは、インタビューで「一年でいちばん暑い日に、クリスマスの柄をデザインしていた」と語っています。

150周年の2025年には、ロンドンのウィリアム・モリス・ギャラリーで、リバティを支えてきた女性デザイナーたちに光を当てた展覧会「Women in Print: 150 Years of Liberty Textiles」(2025年10月〜2026年6月)が開かれました。

5. 代表的なリバティプリント

数多くの柄の中から、特に知られているものを紹介します。

柄の名前 発表 デザイナー 特徴
ストロベリー・シーフ(Strawberry Thief) 1883年(リバティでは1979年) ウィリアム・モリス いちごをついばむツグミを描いた柄。モリスの家の庭の光景がもと
ヘラ(Hera) 1887年 アーサー・シルヴァー 孔雀の羽を並べた柄。唯美主義運動の象徴的モチーフ
イアンテ(Ianthe) 1902年ごろ(1967年に再構成) R・ボークレール、ハワード・スタジオ リバティを代表するアール・ヌーヴォー柄
ベッツィ(Betsy) 1933年 DS 小花が散らばる、最も有名な定番柄のひとつ
ウィルトシャー(Wiltshire) 1933年 DS 葉と実を描いた柄。色違いが非常に多い

ウィリアム・モリスのストロベリー・シーフ。いちごの実と向かい合うツグミが描かれている

ストロベリー・シーフ(ウィリアム・モリス、1883年デザイン)。写真はモリス商会が1936年ごろにプリントしたもので、リバティの生地ではありません(クリーブランド美術館所蔵)。画像:Wikimedia Commons(CC0)

このほか、「カペル(Capel)」「ミッツィ(Mitsi)」「ソープ(Thorpe)」なども、長く販売されている定番柄として人気があります。リバティの資料室(アーカイブ)には、19世紀からの数万点におよぶデザインが保管されており、新しいコレクションでも過去の柄をもとにした復刻やアレンジが行われています。

美術館に残る初期のリバティの柄

19世紀末から20世紀初頭にリバティが販売した生地は、いまも海外の美術館に所蔵されています。現在の小花柄とは雰囲気が違い、大きな花や葉が画面いっぱいに広がる、アール・ヌーヴォーらしいデザインが特徴です。

アーサー・シルヴァーがデザインした、様式化された赤い花と葉が縦に連なるベルベット生地

アーサー・シルヴァーのデザインによる「フルール・スティリゼ(様式化された花)」。シルヴァー・スタジオが手がけ、リバティが販売したプリント・ベルベット(1898年ごろ、シカゴ美術館所蔵)。画像:Art Institute of Chicago(CC0)

ジョン・スカラット・リグビーがデザインした、紺色でケシの花と葉を大きく描いた絹のテーブルクロス

ジョン・スカラット・リグビーのデザインによる「ラギッド・ポピー」とみられる絹のテーブルクロス(またはベッドカバー)。G・P・アンド・J・ベイカー社がリバティ向けに製作(1902年、シカゴ美術館所蔵)。画像:Art Institute of Chicago(CC0)

ベッツィやウィルトシャーなど現在販売されている柄は、権利の関係でこの記事には画像を載せていません。実際の柄や色の展開は、リバティ公式オンラインで確認できます。

柄の名前と色番号

リバティの生地は、柄の名前に加えて、色違いを表すアルファベット(A、B、Cなど)で区別されます。同じ「ベッツィ」でも色によって印象が大きく変わるので、生地を選ぶときは柄名と色番号をセットで確認すると間違いがありません。

6. タナローン・コットン

リバティプリントの多くは、「タナローン(Tana Lawn)」という薄手のコットン生地にプリントされています。

名前の由来

リバティでは1890年代後半から、やわらかく丈夫なコットン・ローンの試作を始めていました。1930年代初頭、コットンバイヤーのウィリアム・ヘイズ・ドレルがこの生地の確立に貢献し、原料となる長い繊維のコットンの産地、エチオピアのタナ湖にちなんで「タナローン」と名付けられました(スーダン産の綿が使われたことから近くのタナ湖にちなんだ、など諸説あります)。

特徴

項目 内容
糸 長い繊維のコットンを使った細い糸(70番手・100番手)
手触り 絹のようになめらかで、軽く、しなやか
印象 薄手なのに丈夫で、細かい柄が鮮やかにプリントできる
主な産地 イタリア・コモ湖近くの工場(日本製のものを除く)

細かい柄をくっきり表現できることが、小花柄のリバティプリントとタナローンが一体のものとして知られるようになった理由のひとつです。

7. 日本とリバティ:リバティジャパン

日本では、1988年に設立された「株式会社リバティジャパン」が、英国リバティの100%子会社としてリバティ製品を扱っています。

事業 内容
輸入・販売 英国で作られたリバティ・ファブリックスの生地やリバティ製品の輸入、小売、卸売
国産生地 英国リバティのデザインを使った生地の、日本での製造と卸売
ライセンス デザインの使用許諾(サブライセンス)の管理

日本で作られる生地は「国産タナローン」とも呼ばれ、主な仕入先にはシキボウが挙げられています。国産の定番柄は「エターナル」コレクションとして展開され、手芸店などで手に入りやすいのが特徴です。また、ピーナッツやハローキティなどキャラクターとのコラボレーションも、日本で人気の高い企画です。

輸入品と国産品の違い

手芸店では「輸入タナローン」と「国産タナローン」が並んでいることがあります。どちらも正規のリバティの生地ですが、製造国、柄や色の展開、生地幅、価格が異なる場合があります。作りたいものに合わせて、表示を確認して選ぶとよいでしょう。

8. リバティの歴史年表

年 出来事
1843 アーサー・ラセンビィ・リバティ誕生
1862 ファーマー・アンド・ロジャーズの東洋品倉庫の責任者に
1875 リージェント・ストリートに自分の店を開く
1884 エドワード・ウィリアム・ゴドウィンのもとで衣装部門を開設
1887 アーサー・シルヴァーが孔雀の羽の柄「ヘラ」をデザイン
1888〜1889 アーサー・リバティが日本を訪問
1890年代 アール・ヌーヴォーと結び付き、イタリアで「スティーレ・リベルティ」と呼ばれる
1904 マートンのプリント工場を買収
1913 アーサー・リバティがナイトの称号を受ける
1917 アーサー・リバティ死去
1924 チューダー様式の本店が完成
1930年代 タナローンが確立。ベッツィ、ウィルトシャー誕生(1933年)
1950年代 社内デザインスタジオを設立
1961 バーナード・ネヴィルが加わり、プリントを刷新
1968 スーザン・コリアー(のちにコリアー・キャンベル)がリバティの仕事を始める
1979 「クラシック」コレクションが始まり、ストロベリー・シーフも加わる
1988 日本法人リバティジャパン設立
2006 売り場をチューダー様式の建物にまとめる
2025 創業150周年

まとめ

  • リバティは1875年、アーサー・ラセンビィ・リバティがロンドンで開いた東洋の品を扱う小さな店から始まった
  • 輸入品から自社デザインの生地へと発展し、イタリアでアール・ヌーヴォーが「リバティ様式」と呼ばれるほどの影響力をもった
  • アーサー・シルヴァー、アーチボルド・ノックス、謎のデザイナー「DS」、バーナード・ネヴィル、コリアー・キャンベルなど、多くのデザイナーがプリントの歴史を作ってきた
  • ベッツィやウィルトシャーなどの小花柄と、絹のような手触りのタナローンの組み合わせが、今のリバティプリントのイメージをつくっている
  • 日本ではリバティジャパンが輸入品と国産品の両方を扱っており、身近に手に入る

柄の名前や生まれた年を知ってからリバティの生地を見ると、同じ小花柄でも違って見えてきます。生地選びの際には、ぜひ柄の背景にも目を向けてみてください。

アイキャッチ画像:Bex Walton / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons