アガサ・クリスティー作品に登場する実在の場所一覧|イギリスから中東まで

アガサ・クリスティー作品に登場する実在の場所一覧|イギリスから中東まで

アガサ・クリスティーの作品には、架空の村や屋敷だけでなく、実在する町や駅、ホテル、遺跡がたくさん登場します。また、架空の名前で書かれていても、モデルになった実在の場所がわかっているものも少なくありません。

この記事では、作品に実名で登場する場所と、モデルになったといわれる場所を地域別に整理し、それぞれに簡単な説明を付けました。あわせて、クリスティー本人にゆかりのある場所も紹介しています。結末に触れるネタバレは避けています。

対象読者:クリスティー作品の舞台を知りたい方、作品ゆかりの地を訪ねてみたい方。

この記事での分け方

場所によって、作品とのかかわり方が違います。各項目には次のどれにあたるかを書いています。

区分 意味
実名で登場 作品の中で実際の地名・施設名がそのまま使われている
モデル 作中では架空の名前だが、モデルになったといわれる
ゆかりの地 作品の舞台ではないが、クリスティーの人生や執筆にかかわる

「モデル」とされる場所の多くは、クリスティー本人がはっきり書き残したものではなく、研究者や地元で言われているものです。諸説ある点はご了承ください。

1. イギリス:デヴォン州(クリスティーの故郷)

イングランド南西部のデヴォン州は、クリスティーが生まれ育った土地で、作品にもっとも強く影響を与えた地域です。

トーキー(Torquay)

  • 区分:ゆかりの地、モデル
  • 関連作品:スタイルズ荘の怪事件、邪悪の家 ほか

クリスティーが1890年に生まれた海辺のリゾート地です。第一次世界大戦中、町の病院の薬局で働いて毒物の知識を身につけ、町に避難してきたベルギー人たちの姿から、ポアロの着想を得たといわれています。海沿いの高級ホテル「インペリアル・ホテル」は、『邪悪の家』に登場するマジェスティック・ホテルのモデルとされます。町にはゆかりの場所を巡る「アガサ・クリスティー・マイル」という散策路があり、トーキー博物館にも関連展示があります。

グリーンウェイ(Greenway)

  • 区分:モデル、ゆかりの地
  • 関連作品:死者のあやまち、五匹の子豚、無実はさいなむ

ダート川を見下ろす丘に建つ、クリスティーの別荘です。1938年に購入し、夏や休暇を家族と過ごしました。『死者のあやまち』のナス屋敷のモデルで、敷地内のボートハウスは作中の重要な場面に使われています。庭にある砲台跡は『五匹の子豚』に登場する場所のモデルとされます。現在はナショナル・トラストが管理し、一般公開されています。

木々に囲まれた白い邸宅グリーンウェイ

クリスティーの別荘グリーンウェイ。写真:Derek Voller/Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)

ダートマス(Dartmouth)

  • 区分:モデル
  • 関連作品:無実はさいなむ、死者のあやまち

ダート川の河口にある港町で、グリーンウェイへの船もここから出ます。『無実はさいなむ』に出てくる町ドライマスのモデルとされています。

バー島(Burgh Island)

  • 区分:モデル
  • 関連作品:そして誰もいなくなった、白昼の悪魔

デヴォン南岸、ビッグベリー・オン・シーの沖にある小さな島です。潮が引くと砂の道で陸とつながり、満ち潮のときは「シー・トラクター」という乗り物で渡ります。島にはアール・デコ様式のホテルがあり、クリスティーも滞在しました。『そして誰もいなくなった』の兵隊島、『白昼の悪魔』の島とホテルのモデルとされています。

バー島に建つ白いアール・デコ様式のホテル

バー島のアール・デコ様式のホテル。写真:Roger Cornfoot/Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)

ダートムア(Dartmoor)

  • 区分:実名で登場、ゆかりの地
  • 関連作品:シタフォードの秘密

荒涼とした丘陵が広がる国立公園です。『シタフォードの秘密』はこの地方が舞台で、プリンスタウンにある実在のダートムア刑務所も物語にかかわります。また、クリスティーはヘイター近くのムアランド・ホテルにこもって、デビュー作『スタイルズ荘の怪事件』を書き上げました。

チャーストン(Churston)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:ABC殺人事件

トーキーの南、ブリクサム近くの村です。『ABC殺人事件』で、犯人がアルファベット順に選ぶ町のひとつ(C)として登場します。

ケンツ洞窟(Kents Cavern)

  • 区分:モデル
  • 関連作品:茶色の服を着た男

トーキーにある先史時代の鍾乳洞で、観光地として公開されています。『茶色の服を着た男』に出てくる洞窟のモデルといわれています。

2. イギリス:ロンドン

パディントン駅(Paddington Station)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:パディントン発4時50分

ロンドン西部のターミナル駅です。題名どおり、この駅を発車した列車の中で目撃された事件から物語が始まります。

ヴィクトリア駅(Victoria Station)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:青列車の秘密 ほか

大陸へ向かう列車の出発駅だった駅です。『青列車の秘密』では、ここからドーヴァー海峡を渡り、フランスの「青列車」に乗り継ぎます。

スコットランド・ヤード(Scotland Yard)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:ポアロもの、バトル警視もの 多数

ロンドン警視庁の通称です。ジャップ警部やバトル警視が所属し、多くの作品に名前が出てきます。

中央刑事裁判所(オールド・ベイリー)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:検察側の証人

ロンドンの刑事裁判所です。戯曲や映画版の『検察側の証人』では、ここでの裁判が物語の中心になります。

ブラウンズ・ホテル(Brown’s Hotel)

  • 区分:モデル
  • 関連作品:バートラム・ホテルにて

メイフェアにある、ロンドンで最も古いホテルのひとつです。古き良き英国の雰囲気を残す『バートラム・ホテルにて』のホテルのモデルとされますが、近くのフレミングス・ホテルとする説もあります。

クロイドン空港(Croydon Airport)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:雲をつかむ死

かつてロンドンの空の玄関口だった空港です。『雲をつかむ死』では、パリからクロイドンへ向かう旅客機の中で事件が起きます。空港は1959年に閉鎖され、現在は旧ターミナルビルが残っています。

クロイドン空港の旧ターミナルビルと展示されている旅客機

クロイドン空港の旧ターミナルビル(現在はオフィスとして使われている)。写真:Christopher Hilton/Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)

セント・マーチンズ劇場(St Martin’s Theatre)

  • 区分:ゆかりの地
  • 関連作品:ねずみとり

1952年から上演が続く戯曲『ねずみとり』の劇場です(1974年に隣のアンバサダーズ劇場から移りました)。近くのコヴェント・ガーデンには、本の形をしたクリスティーの記念碑があります。

3. イギリス:その他の地域

アンドーヴァー、ベクスヒル・オン・シー、ドンカスター

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:ABC殺人事件

『ABC殺人事件』では、デヴォンのチャーストンとあわせて、アルファベット順の実在の町が事件の現場になります。

頭文字 町 場所
A アンドーヴァー(Andover) ハンプシャー州の町
B ベクスヒル・オン・シー(Bexhill-on-Sea) イースト・サセックス州の海辺の町
C チャーストン(Churston) デヴォン州の村
D ドンカスター(Doncaster) サウス・ヨークシャー州の町。競馬のセント・レジャーで有名

アブニー・ホール(Abney Hall)

  • 区分:モデル、ゆかりの地
  • 関連作品:葬儀を終えて、クリスマス・プディングの冒険

マンチェスター近郊チードルにある屋敷で、クリスティーの姉の嫁ぎ先でした。クリスティーはここでたびたびクリスマスを過ごしており、『葬儀を終えて』の屋敷や、短編「クリスマス・プディングの冒険」に描かれる英国のクリスマスの情景のもとになったといわれています。

ハロゲート(Harrogate)

  • 区分:ゆかりの地

ノース・ヨークシャー州の温泉町です。1926年、クリスティーが11日間行方不明になった「失踪事件」で、偽名で滞在していたのが、この町のスワン・ホテル(現オールド・スワン・ホテル)でした。現在はこのホテルで毎年ミステリーの文学祭が開かれています。

ウォリングフォード(Wallingford)

  • 区分:ゆかりの地

オックスフォードシャー州の町で、クリスティーが晩年まで暮らした家「ウィンターブルック・ハウス」があります。近くのチョルシーにある聖マリア教会の墓地に、クリスティーは眠っています。

ウィンターブルック・ハウスの書斎で資料を見るクリスティーと夫マックス・マローワン

1950年、ウィンターブルック・ハウスでのクリスティーと夫マックス・マローワン(撮影者不明、ナショナル・ポートレート・ギャラリー所蔵)。画像:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

4. ヨーロッパ大陸

オリエント急行の路線

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:オリエント急行の殺人

『オリエント急行の殺人』では、実在の都市や駅が次々に登場します。

場所 作中での役割
アレッポ(シリア) ポアロがタウルス急行に乗って旅を始める町
イスタンブール(トルコ) ポアロが立ち寄るトカトリアン・ホテルがあり、ここからオリエント急行に乗る
ベオグラード(セルビア) 途中の停車駅
ヴィンコヴツィとブロッド(現クロアチア) この間で列車が雪の吹きだまりに閉じ込められる
カレー(フランス) 列車の終着地

イスタンブールのペラ・パレス・ホテルは、クリスティーがこの作品を書いた部屋が残るホテルとして知られています(作中に出てくるのはトカトリアン・ホテルです)。

イスタンブールのペラ・パレス・ホテルの外観

イスタンブールのペラ・パレス・ホテル。写真:A.Savin/Wikimedia Commons(FAL)

パリ、ニース、モンテカルロ

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:青列車の秘密

『青列車の秘密』の「青列車(ル・トラン・ブルー)」は、カレーからパリを経て南仏リヴィエラへ向かう実在の豪華列車です。ニースやモンテカルロなど、コート・ダジュールの保養地が舞台になります。パリのリヨン駅には、列車の名を冠したレストラン「ル・トラン・ブルー」があります。

ル・ブルジェ空港(Le Bourget)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:雲をつかむ死

当時のパリの空港で、『雲をつかむ死』の旅客機はここからクロイドンへ向かいます。

フランクフルト空港

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:フランクフルトへの乗客

物語は、乗り継ぎ便を待つフランクフルト空港の待合室から始まります。

エレゼル(Ellezelles)

  • 区分:ゆかりの地

ベルギー南西部の小さな村で、「ポアロの生まれた村」を名乗り、ポアロの像を建てています。作中にポアロの出身地がはっきり書かれているわけではなく、村が独自に打ち出しているものです。

5. 中東・北アフリカ

クリスティーは考古学者マックス・マローワンと再婚した後、毎年のように中東の発掘現場で過ごしました。その経験が多くの作品に生かされています。

アスワン(エジプト)

  • 区分:実名で登場、ゆかりの地
  • 関連作品:ナイルに死す

ナイル川上流の町です。作中に登場するカタラクト・ホテル(現オールド・カタラクト・ホテル)にはクリスティー自身も滞在し、この作品の一部を書いたといわれています。物語はここからナイル川を船でさかのぼる旅へと進みます。

ナイル川の岩場の上に建つオールド・カタラクト・ホテル

ナイル川から見たオールド・カタラクト・ホテル。写真:Warren LeMay/Wikimedia Commons(CC0)

アブ・シンベル神殿(エジプト)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:ナイルに死す

ラムセス2世が建てた巨大な岩窟神殿で、『ナイルに死す』の船旅の見どころとして一行が訪れます。現在の神殿は、ダム建設に伴って1960年代に移設されたものです。

ルクソール(古代テーベ、エジプト)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:死が最後にやってくる

紀元前2000年ごろの古代エジプトを舞台にした『死が最後にやってくる』は、ナイル西岸のテーベが舞台です。クリスティーの歴史ミステリーとして珍しい一作です。

ペトラ(ヨルダン)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:死との約束、パーカー・パイン登場

岩を削って造られた古代都市の遺跡で、「バラ色の都市」と呼ばれます。『死との約束』では、エルサレムから旅をしてきた一家がこの遺跡のキャンプに滞在し、事件が起こります。

岩壁を彫って造られたペトラ遺跡のエル・カズネ

ペトラ遺跡を代表する建造物エル・カズネ。写真:Vyacheslav Argenberg/Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

エルサレム

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:死との約束

『死との約束』の冒頭、ポアロが印象的な会話を耳にするのがエルサレムのホテルです。

バグダッド、バスラ(イラク)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:バグダッドの秘密、メソポタミヤの殺人

『バグダッドの秘密』は、国際会議が開かれるバグダッドを舞台にしたスパイ・スリラーです。『メソポタミヤの殺人』では、語り手の看護婦がバグダッドを経て発掘現場へ向かいます。

ウル、ニムルド(イラク)

  • 区分:モデル、ゆかりの地
  • 関連作品:メソポタミヤの殺人

ウルは古代メソポタミアの都市遺跡で、クリスティーが1930年に訪れ、のちの夫マローワンと出会った場所です。『メソポタミヤの殺人』の発掘現場や登場人物には、ここでの体験が反映されているといわれます。ニムルドは、夫妻が1950年代に長く発掘を行った遺跡です。

シリアの発掘地

  • 区分:ゆかりの地
  • 関連作品:さあ、あなたの暮らしぶりを話して

1930年代、夫妻はシリア北東部のチャガル・バザールなどで発掘を行いました。その日々は、クリスティーが本名で書いた紀行『さあ、あなたの暮らしぶりを話して』にユーモラスに描かれています。

カサブランカ、フェズ、マラケシュ(モロッコ)

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:死への旅

謎の失踪事件を追うスパイ・スリラー『死への旅』は、モロッコの都市を舞台に始まります。

シーラーズ、デルポイ、ロードス島

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:パーカー・パイン登場

短編集『パーカー・パイン登場』の後半では、パーカー・パインが中東やギリシャを旅し、イランのシーラーズ、ギリシャのデルポイ、ロードス島などで事件に出会います。

6. その他の地域

南アフリカとヴィクトリアの滝

  • 区分:実名で登場
  • 関連作品:茶色の服を着た男

『茶色の服を着た男』では、ヒロインが船でケープタウンへ渡り、テーブル・マウンテンやヨハネスブルグ、ヴィクトリアの滝(現ジンバブエとザンビアの国境)などを舞台に冒険を繰り広げます。1922年にクリスティーが最初の夫と大英帝国博覧会の宣伝旅行で世界を回った経験がもとになっています。

カリブ海(バルバドス)

  • 区分:モデル
  • 関連作品:カリブ海の秘密

作中の島サン・トノレは架空ですが、クリスティーがバルバドスで過ごした休暇がもとになったといわれています。

架空の地名と、モデルといわれる場所

主な架空の舞台と、モデルとされる場所をまとめます。

作中の名前 作品 モデルといわれる場所
兵隊島 そして誰もいなくなった バー島(デヴォン)
白昼の悪魔の島とホテル 白昼の悪魔 バー島のホテル
ナス屋敷 死者のあやまち グリーンウェイ
ドライマス 無実はさいなむ ダートマス
マジェスティック・ホテル 邪悪の家 トーキーのインペリアル・ホテル
バートラム・ホテル バートラム・ホテルにて ブラウンズ・ホテルほか
エンダビー・ホール 葬儀を終えて アブニー・ホール
発掘現場テル・ヤリミア メソポタミヤの殺人 ウルの発掘現場
サン・トノレ島 カリブ海の秘密 バルバドス

ミス・マープルの住むセント・メアリ・ミード村は、特定のモデルがあるわけではなく、クリスティーが知っていたイングランドの村々を合わせて生み出した場所と考えられています。

訪れるときの注意点

  • バー島のホテルは宿泊者が中心で、宿泊しない人が入れる範囲は限られます。島へ渡る時間も潮の満ち引きで変わるので、事前に確認が必要です
  • グリーンウェイは季節によって開館日や時間が変わります。駐車場が限られているため、ダートマスからの船で行く方法も案内されています
  • クロイドン空港やブラウンズ・ホテルなど、建物は残っていても当時と様子が変わっている場所が多くあります
  • 中東の遺跡は、地域の情勢によって訪問が難しい場合があります。渡航情報を必ず確認してください
  • 映像化作品のロケ地(ドラマ版でポアロのアパートとして使われたロンドンのフローリン・コートなど)は、原作の舞台とは別のものです

まとめ

  • クリスティー作品の実在の舞台は、故郷デヴォン州、ロンドン、ヨーロッパの鉄道・空路、中東の遺跡に大きく分けられる
  • 『ABC殺人事件』『オリエント急行の殺人』『ナイルに死す』『死との約束』などは、実在の地名がそのまま物語に使われている
  • 『そして誰もいなくなった』のバー島や『死者のあやまち』のグリーンウェイのように、架空の名前でもモデルがわかっている場所も多い
  • クリスティー自身の旅や暮らしが、作品の舞台にそのまま生かされている

舞台になった場所を知ってから作品を読み返すと、景色や旅の空気がより身近に感じられます。気になる場所があれば、地図や写真で眺めてみるだけでも楽しめます。

アイキャッチ画像:本土から見たバー島(Mick Knapton/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons)